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鳥籠ノ砂

籠原スナヲのブログ。本、映画、音楽の感想や考えたことなどをつらつらと。たまに告知もします。

ヘーゲル的ノマドロジー、カント的ノマドロジー ――柄谷行人『遊動論 柳田国男と山人』について

 柄谷行人『遊動論 ――柳田国男と山人』(2014)は、私たちの遊動性(=ノマドロジー)を大きく二種類に区別している。ひとつ目は定住革命以後の遊牧民のそれであり、ふたつ目は定住革命以前の遊動的狩猟採集民のそれである。柄谷行人によれば、前者は80年代の日本型ポストモダニストが唱えていた遊動性、後者は戦前の柳田国男が唱えていた遊動性になるだろう。本書において重要なのは、遊牧民ノマドロジーが交換様式AとBとCに回収されてしまうのに対して、遊動的狩猟採集民のノマドロジーが交換様式Dに当てはまるということである。

初めに、柄谷行人の交換様式論を確認しておこう。交換様式A「互酬」はミニ世界システムの段階において支配的な交換様式であり、近代世界システムにおけるネーションとして友愛の理念を志向するものである。交換様式B「略取=再分配」は世界=帝国の段階において支配的な交換様式であり、近代世界システムにおけるステートとして平等の理念を志向するものである。交換様式C「商品交換」は近代世界システム(世界=経済)の段階において支配的な交換様式であり、近代世界システムにおける資本として自由の理念を志向するものである。

交換様式D「X」は、交換様式ABCいずれにも当てはまらない交換様式である。それはミニ世界システムの段階以前に支配的だった交換様式であり、来るべき世界共和国の段階において支配的になるだろう交換様式である。また交換様式Dは世界=帝国の段階において普遍宗教として現れ、近代世界システムの段階においてアソシエーションとして現れるものである。カント哲学マルクス哲学の世界史観は、共に交換様式のAとBとCをDによって揚棄することを目指すものであり、それゆえDを考慮しないヘーゲル主義の世界史観を批判しうるものになろう。

 遊牧民が結局のところヘーゲル主義へと包摂されるのに対し、遊動的狩猟採集民はカント主義とマルクス主義へ繋がっていく。

 こうした区別が必要なのは、戦後の柳田国男が置かれていた状況を正しく捉えるためである。およそ一般的には、初期の柳田によって追究されたのがマイノリティの「山人」であるのに対して、戦中の柳田によって追究されたのはマジョリティの「常民」であるとされている。柳田民俗学が影響力を失っていったのは、戦後の日本において従来の農民(=常民)が消滅するとともに、新しくマイノリティ(=非常民)を追究する論客が台頭したためである。しかし柄谷行人に言わせれば、彼らが追究した非常民は遊牧民ノマドロジーに属すものであり、柳田が追究した山人こそが遊動的狩猟採集民のノマドロジーに属すのである。

 ここで注意すべきは、山人の概念が持っている非経験的な性格である。交換様式AとBとCを強固に結びつける近代以後の社会においては、交換様式Dを体現した近代以前の山人を実証することはできない。それゆえ柳田国男は山人の概念を超越論的に追究するため、農政学によるアソシエーションを探究するとともに、焼畑狩猟民の社会を通じて遊動的狩猟採集民の社会を察知しようとしていた。山人の概念は、現在を批判するための超越論的な仮象なのだ。柳田国男は失われた過去の社会様式を供養するための民俗学を行なうと同時に、そうした民俗学のなかで己の実験的な史学を鍛えていったことになるだろう。柳田が近代以前の山人を通じて近代の公民を捉え返したことは、失われた先住民として本土の山人たちと沖縄の島人たちを共に想定し、失われた信仰としてオオカミや「小さき者」を想定したことに現れている。前者は近代国民国家植民地主義を吟味するものであり、後者は近代国民国家人間中心主義成人中心主義を吟味するものである。

 柳田国男は山人の追究から常民の追究へと移行したのではなく、山人の概念を通じて公民の在るべき姿を模索していたと言えよう。それは単にマイノリティを知ることではなく、マイノリティを通じて社会の在るべき姿を知ることなのである

 

 

 柄谷行人『遊動論 ――柳田国男と山人』は『哲学の起源』と同じく、代表作『世界史の構造』において唱えられた交換様式Dを具体的に探究する、そのような発展的書物として読むことができる。しかしそれだけではなく、柄谷行人にとっての柳田国男マルクス夏目漱石などに並行する、80年代において既に論じられていた思想家であることも忘れてはならない。私たちは『柳田国男論』(2013)と本書を同時に読むことによって、柄谷批評の意外なまでの一貫性を発見するだろう。その意味でもまた、この『遊動論』は重要な一冊である。

 

過去記事

『哲学の起源』について: http://sunakago.hateblo.jp/entry/2013/03/16/071427

柳田国男論』について: http://sunakago.hateblo.jp/entry/2013/12/21/054812