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鳥籠ノ砂

籠原スナヲのブログ。本、映画、音楽の感想や考えたことなどをつらつらと。たまに告知もします。

ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル』について ――現代フェミニズムの地平

 ジュディス・バトラー(1956~)は1990年に『ジェンダー・トラブル』を発表した。本書は副題が示すとおり、私たちの性的アイデンティティに何らかのトラブルを起こすための理論書、それを通じて従来のフェミニズムに再考を促すための哲学書だったと言えよう。フーコージェンダー論・セクシュアリティ論に影響された彼女は、生物的性と文化的性の二分法そのものを問いに付し、男女の固定化それ自体が権力の産物であることを浮き彫りにした。そこでバトラーが唱えるのは、異性愛中心主義に対するパフォーマティブな攪乱行為である。

 

 バトラーが攪乱しようとするのは、セックス(=生物的な性)やジェンダー(=文化的な性)やセクシュアリティ(=性的な欲望)としての主体である。従来のフェミニズム理論は「男/女」を固定的な主体として取り扱い、様々な政治的・文化的運動の基盤にしてきたと言えよう。そして、結果としてフェミニズムは「セックス/ジェンダーセクシュアリティ」の強制的秩序に取り込まれ、さらにその秩序を温存かつ隠蔽する役割も担ってしまったのである。

 たとえば現代の論争が不毛な循環を起こすのは、従来のフェミニストジェンダーを軽視していたことに起因している。彼ら彼女らの多くは、ジェンダーをセックスよりも下位に置く二元論的な立場、あるいはジェンダーをセックスの派生と見なす一元論的な立場を採用していた。そのような立場は、結局のところ私たちのアイデンティティをセックスに結びつけ男女を固定化し、私たちのセックスを特権化する「実体の形而上学」に帰結してしまうだけである。実際にはセックスの位相もまた言語を通じて構築され、そして権力を通じて意味付けられるものに他ならない以上、私たちはそれに対する攪乱戦略を立てなければならないのだ。

 バトラーは「セックス/ジェンダーセクシュアリティ」の主体を攪乱することで、性的禁忌が支えている精神分析理論、そして精神分析が再生産している異性愛中心主義に抵抗しようとする。まずレヴィ=ストロース構造主義は、男たちによる女の交換から近親相姦の禁忌を説明しようとするとき、それに先立って同性愛の禁忌を暗黙の前提にしてしまっている。同様にラカン、リヴィエール、フロイトらの精神分析は、男性性と女性性の区別を説明しようとするとき、やはり先立って異性愛の中心化を暗黙の了解にしてしまっているのである。

 ここで同性愛の禁忌は単なる性的禁忌ではなく、性的禁忌とされていること自体がタブーとされているかのような、言わば「ジェンダーのメランコリー(=禁忌の忘却)」状態にある。実際には私たちのジェンダーは複合的なものである以上、構造主義および精神分析のように何らかのアイデンティファイを図ろうとすれば、必ずどこかで理論的限界を迎えてしまうだろう。性的禁忌をめぐる異性愛の中心化は、それらについての現代的議論も含めて権力として作用しているのだ。

 バトラーは異性愛中心主義の権力に抵抗するために、おおよそ攪乱的な身体行為に注目している。しかしそれはクリステヴァのように、固定的な父権制の外部に母性的身体を置く政治であってはならない。またフーコーがエルキュリーヌに言及したように、固定的な男と女の外部に半陰陽インターセックス)を置き、男女の間に不当な非連続性を設ける政治であってはならない。あるいはウィティッグのように、固定的な男と女の外部にレズビアンを置いて身体性を軽視する政治、架空のセックスに逃避する政治であってはならないだろう。これらは全て異性愛中心主義の外部を目指すことによって、逆説的に異性愛中心主義を温存かつ隠蔽してしまうのである。

 バトラーが唱えるのは異性愛中心主義の内部に留まること、そして身体に対するジェンダーの書き込みを通じて、私たちの性的アイデンティティパフォーマティブに攪乱してしまうことである。たとえば同性愛行為における「男役/女役」の書き込み、あるいはトランスジェンダーにおける「男装/女装」の書き込みは、私たちのジェンダーが権力による構築物だったことを明るみに出す。それは男女の固定化と異性愛の中心化をパロディ的に反復する政治的・文化的営み、従来のフェミニズムジェンダー論には肯定することの難しかった営みなのだ。

 

バックナンバ

第1回 http://sunakago.hateblo.jp/entry/2013/05/21/064353

第2回 http://sunakago.hateblo.jp/entry/2013/06/28/082153

第3回 http://sunakago.hateblo.jp/entry/2013/08/22/215255

第4回 http://sunakago.hateblo.jp/entry/2013/10/21/005837