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鳥籠ノ砂

籠原スナヲのブログ。本、映画、音楽の感想や考えたことなどをつらつらと。たまに告知もします。

イニシエーション・ラヴァーズ ――山田尚子論(『けいおん』について)

 山田尚子京都アニメーション所属の監督、演出、アニメータである。TVアニメ『けいおん!』と『けいおん!!』(原作:かきふらい)、およびその劇場版である『映画けいおん!』で初の監督を務めた。さらにオリジナルTVアニメ『たまこまーけっと』、およびその劇場版である『たまこラブストーリー』を監督しており、いずれの作品も高い評価を得ていると言うことができる。私の考えでは、おそらく今後の国内アニメーションについて語るとき、彼女と彼女の創造した作品は決して欠かすことのできないものになるだろう。

 本稿の狙いは『けいおん』『たまこま』両シリーズを通して見ることで、彼女とそのスタッフが掲げている世界観とテーマに肉薄することである。先に結論から言ってしまえば、それは日常性の永続と更新の対比であり、空気感の共有と切断の対立ということになるだろう。

 

1 平沢唯中野梓 ――原作『けいおん!』とアニメ版『けいおん!

 初めに『けいおん』シリーズについて概観していこう。かきふらいの4コマ漫画『けいおん!』本編は全4巻が刊行された。おおよそ、前半2巻では主人公・平沢唯たちの高校1~2年生次が描かれており、後半2巻では彼女たちの高校3年生次から卒業までが描かれている。そののちに、卒業した平沢唯たちの大学生活を描く『けいおん!college』と、彼女らの後輩・中野梓たちの高校生活を描く『けいおん!highschool』、これらが各1巻ずつ刊行されたことは記憶に新しい。本編全4巻と続編全2巻、それが『けいおん』の原作版と呼ばれるものである。

 タイトルが示すとおり、本作のジャンルは学園を舞台にした音楽・軽音楽モノということになるだろう。とはいえ『けいおん!』の世界観には、音楽の活動を通した主人公たちのサクセスストーリーや、異性の登場によるラブストーリーのような分かりやすい目的意識はない。かきふらいが狙ったのは、あくまで部活動を通じた少女たちの曖昧な日常性を切り取ることであり、そこに流れる美しい空気感を浮き彫りにすることだったと見なしてよい。こうした傾向は同時代の他作品にも広く見られるものであり、かきふらいの作風がそれを意識していることは疑い得ない。

 このうちTVアニメ『けいおん!』(第1期)は原作本編の前半2巻を、そして『けいおん!!』(第2期)は後半2巻を映像化したものだ。ここで確認すべきは、全14話である『けいおん!』に比べて、全27話である『けいおん!!』は約2倍の分量を有しているということだ。さらに指摘が必要なのは、『映画けいおん!』(劇場版)においては、原作版における『college』や『highshool』のような後日談は物語られなかったということである。あくまで『映画けいおん!』は『けいおん!!』の終盤を補完する内容に留まっている。

 卒業前エピソードの拡大と卒業後エピソードの消滅、それが原作版と比較したときのアニメ版の特徴なのだ。

 結果として山田尚子とそのスタッフは、おおよそ2つの変更を『けいおん!』に加えている。まず1~2年生次を描く第1期の物語は、平沢唯たちが秋の学園祭ライブで成功するところで結末を迎え、残ったエピソードは第2期『けいおん!!』で用いられることになった。こうしたクライマックス自体の変更は、地味ながらもバンド活動の成果というモチーフを強く印象付け、少女たちの成長や結束といったテーマを明瞭なものにしたのである。このことは本作に、ある種のサクセスストーリー的枠組を再導入する効果をもたらしただろう。

 そして3年生次から卒業までを描く第2期の物語は、先述の残りエピソードの他にオリジナルのエピソードを多く含むものになっており、特に22話以降についてはほとんど独自の展開を見せている。そこでは高校の卒業というモチーフが大きく盛り上げられ、青春の終焉や別離というテーマが深く掘り下げることになったのである。しかも、その問題意識は劇場版における卒業旅行にまで引き継がれている。おそらく山田尚子たちの作家性は、タイミングの問題や企業としての意向などをいったん捨象すれば、こうした変更から読み込むことが可能だろう。

 具体的な変更点について見ていこう。第1期および第2期に渡って、サブヒロインたる山中さわ子の同窓生たちは様々な形で登場し、またメインヒロインたる秋山澪田井中律らの同窓生も描かれることになった。田井中律について付け加えれば、彼女の弟である田井中聡の存在が明かされてもいるだろう。これらは要するに、かつて共有した青春を終えて離ればなれになった者たちに焦点を合わせ、そしてこれから青春を終えるだろう者たちを暗に仄めかすものである。青春の始まりと終わりがもたらす出会いと別れは、アニメ版では時間的な広がりをもって捉えられている。

 だからこそ第2期、平沢唯秋山澪田井中律琴吹紬真鍋和といったメインキャラクターの同級生が、全34人、詳細な名前や性格の特徴などで肉付けされていることは本質的なのである。彼女たちが桜が丘高校の3年2組として同じ時間を過ごせるのは、第2期と劇場版で描かれた1年間だけなのだ。私たちは『映画けいおん!』が、卒業旅行先のロンドンで多種多様なOGたち・旧友たちと再会を果たす作品であり、最後の登校日に3年2組の教室でライブを開く作品だったことを意識すべきだろう。それは青春の終わりと別れに対する「喪」としての映画だったのである。

 そしてアニメ版における最も大きな変更こそ、平沢唯中野梓の別離をよりシリアスなものにしたことに他ならない。

 思い返せば原作版では、平沢唯中野梓の間柄は親密ながらも比較的ドライでリアリスティックなものだった。彼女たちは卒業によってお互い離ればなれになったあとも再び会うことはなく、それぞれ後日談の大学生活編と高校生活編で新たな人間関係を築いていった。たとえば平沢唯は和田晶・林幸・吉田菖といった新入生らや吉井加奈・廣瀬千代といった先輩たちに出会い、中野梓は斉藤菫・奥田直といった後輩たちに出会うことが約束されている。平沢唯中野梓の間にあるのは、精神的に対等かつ対称的な先輩後輩の関係だと言うことができる。

 しかし繰り返し示すべきは、第1期の物語が先立って平沢唯の精神的成長を描き終えてしまったということ、そしてその上で後日談としての救済措置は採用されないということである。それゆえ平沢唯中野梓の間にあるのは、精神的に対等で対称的な先輩後輩の関係にはなりえないだろう――むしろ非対等で非対称的な、脆く危うい関係だと見なしても構わない。したがって山田尚子とそのスタッフが中心に据えたのは、いずれ平沢唯を失ってしまうことによって中野梓が覚えるウェットな感情と、そんな中野梓を残して旅立とうとする平沢唯のセンチメンタルな心理なのだ。

 もとより第1期のオリジナルエピソード「冬の日!」では、アルバイトの失敗やペットのトラブルから立ち直る面々を通じて、桜が丘高校軽音部の精神的支柱たる平沢唯の姿が強調されていた。そして第2期のオリジナルエピソード「整頓!」「期末試験!」等では、ペットのプレゼントや2人だけのユニット結成といった形で、かかる平沢唯中野梓の絆が前面に押し出されることになったのである。さらに映画『けいおん!』では、平沢唯に対する自身の愛情を恐れた中野梓が却って距離を置こうとするなど、半ば恋患いのそれとさえ解釈しうる描写がなされていたはずだ。

 つまりTVアニメ『けいおん』シリーズは、第1期においてある種のサクセスストーリー的枠組を再導入するとともに、第2期と劇場版においてある種のラブストーリー的枠組を復権していたのだ。それは部活動を通じた成長といった形で、また高校卒業を通じた青春の終焉や別離といった形で表出されている。言い換えれば、本作が焦点を合わせたのは、永遠に継続するかのような日常性を更新し終わらせていく営みであり、延々と共有されるかに見えた空気感を切断し改めていく試みである。それは我々の社会生活に存在する通過儀礼の姿であり、恋(乞ふること)の有様なのだ。

 

(つづく)