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鳥籠ノ砂

籠原スナヲのブログ。本、映画、音楽の感想や考えたことなどをつらつらと。たまに告知もします。

虚実の逆説、あるいは反転と崩壊 ――じん『カゲロウプロジェクト』(『メカクシティアクターズ』)論


【MV】daze【Lyrics Ver.】 - YouTube


http://www.nicovideo.jp/watch/sm18406343(チルドレンレコード)
 じん(=自然の敵P)のマルチメディアプロジェクト『カゲロウプロジェクト』は、物語前半において「虚構」と「現実」の逆説的な関係を提示したうえで、物語後半ではその逆説を反転し解体し尽くしている作品だと言える。虚構と現実の逆説的な関係とは「私たちが現実の他者と出会うためにはまず虚構の世界を経由しなければならない」というものである。そしてこの逆説の反転とは「私たちが虚構の他者と出会うためにはまず現実の世界を経由しなければならない」という事態を指し、逆説の解体とは「もはや現実と虚構が区別できない」という事態を指している。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13628080(人造エネミー)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm14595248(メカクシコード)
 本作における虚構と現実の逆説的な関係は、まず如月伸太郎にとっての榎本貴音(=エネ)とメカクシ団の関係として描かれ、次にメカクシ団にとってのカゲロウデイズと自分たち自身の関係として示されているだろう。たとえば伸太郎はネットにおいて遭遇したエネ、すなわち決して死ぬことのない人造の少女に導かれることで、初めてメカクシ団に出会うことができる。またメカクシ団の構成員は8月15日にアクセスしたカゲロウデイズ、すなわち決して死ぬことのない仮想の世界を経験することで、初めて互いの絆を共有することができるわけだ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm15751190(カゲロウデイズ)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17930619(如月アテンション)
 およそ物語を整理する限り、じんの『カゲロウプロジェクト』においては「現実の他者に出会うために直接的に現実の世界にアクセスする」という素朴な行動は許容されていないように思われる。たとえば如月伸太郎が愛する生身の少女は楯山文乃であるが、既に死んでしまっている彼女を単純に求めようとすれば、彼はそのあとを追い駆けて自殺するほかはない。またメカクシ団の鹿野修哉が愛した生身の女性は実の母親であるが、彼を虐待するような彼女を単純に求めようとすれば、彼はその傷に追い詰められて殺されるほかないのである。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20116702(夜咄ディセイブ)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20470051(ロスタイムメモリー)
 たしかに如月伸太郎にとってエネとの邂逅はおおむねハタ迷惑なものであり、鹿野修哉を含むメカクシ団の構成員にとって、カゲロウデイズでの経験は例外なくトラウマ的なものでさえある。しかし伸太郎が文乃の真実に辿り着くためにはエネという虚構内存在が必要不可欠であり、修哉が真実の愛情に巡り会うためにはカゲロウデイズという虚構の世界がなくてはならなかったのである。たとえばメカクシ団の如月桃と雨宮響也の関係がそうであるように、本作は、虚構を経由して繋がり合った者たちの結束を肯定的に描こうとしているのだ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20671920(アヤノの幸福理論)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21259575(オツキミリサイタル)
『カゲロウプロジェクト』における以上のような虚構と現実の逆説的な関係は、しかし榎本貴音(=エネ)の物語において反転させられ、さらに小桜茉莉の物語において解体させられるだろう。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21513190(夕景イエスタデイ)
 まず逆説の反転(「虚構の他者と出会うためにはまず現実の世界を経由しなければならない」)は、榎本貴音(=エネ)にとっては如月伸太郎と九ノ瀬遥(=コノハ)の関係として描かれている。リアルに生きる伸太郎はエネを通じてメカクシ団と出会うことになったが、裏返せば、ネットに生きるエネは伸太郎を通じて九ノ瀬遥(=コノハ)と出会うことになるわけだ。そして貴音が「目が冴える蛇」の策略によって虚構の存在(=エネ)へと堕落させられたように、遥もまた目が冴える蛇の企図によって、決して死ぬことのない仮構の身体(=コノハ)へと変貌させられていたのである。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16429826(ヘッドフォンアクター)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17397763(コノハの世界事情)
 次に逆説の解体(「もはや現実の他者・世界と虚構の他者・世界が区別できない」)は、小桜茉莉にとっては、そのままこの現実とカゲロウデイズの関係として示されていると言えよう。目が冴える蛇によってメカクシ団の構成員を皆殺しにされたあと、茉莉の力はこの現実そのものをカゲロウデイズと同化させ、8月15日を永久にループする世界に仕立て上げてしまっている。決して死ぬことができない虚構の世界・虚構の存在と、常に死ぬことが可能である現実の世界・現実の存在は、ここでは完全に区別することができなくなっているのだ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16846374(想像フォレスト)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21720819(アウターサイエンス)
 本作は虚構と現実の逆説的な関係(=如月伸太郎、メカクシ団)を提示した上で、その反転(=榎本貴音)や解体(=小桜茉莉)の危険性を指摘しつつ、いかにそれを克服しうるかを課題としているように思われる。当然ながら、エネはコノハと出会うことで満足しているわけではないし、小桜茉莉もまた現実とカゲロウデイズを混交して満足しているわけではない。じんは『カゲロウプロジェクト』の音楽編ではこの解決を示すことはなかったが、小説編および漫画編において、今なおこの反転と解体の危機を乗り越えようとしている。既に完結したTVアニメ編を思い返しながら、私はひとりのカゲプロファンとして小説編と漫画編の完成を待つこととしたい。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21737751サマータイムレコード)


【MV】 days【オリジナル】 - YouTube